柿渋の運命

今日の一枚は柿渋。渋柿ではない。立派な塗料である。撮影は2003年10月4日。塩山市内で再生民家に使う板に柿渋を塗った。このようにバケツに入れて刷毛で塗る。素人でも簡単に塗れるので建築主夫妻とその友人達6人で一日かけて仕上げた。

20年程前、ある酒屋で店舗に囲炉裏を造ることになり、屋敷内に転がっていた欅を使う計画を立てた。製材屋に持ち込んで板にしてみると青い筋が入っていて何だか顔色が冴えない。塗装するしかないが、オイルステインで誤魔化すのはどうにも気に入らない。かといって何を塗って良いのか判らず大いに悩んだ。

同僚だった人夫のおっちゃん達に相談すると「柿渋が良い」と言う。「柿渋?」「そうだ、まず柿渋を塗る。その後、唐辛子を菜種油で煮込んだものを塗ると赤欅になる。昔はそうやった」と異口同音にいう。それにしても建材店では扱っていない素材ばかりだ。
とにかく柿渋を探すことにした。甲府の農業用の肥料などを専門とする老舗で売っていた。1升瓶で1,000円前後だったように記憶している。蓋を開けると熟して地面に落ちた渋柿の匂いがした。
唐辛子は家の台所にあった。菜種油は甲府の西端の、何故かガソリンスタンドにあった。

おっちゃん達に教わったとおりのレシピで炉縁を仕上げた。最初は青ざめた色のままで心配したが、数ヵ月後にはちゃんと赤い色になった。

その後老舗は店をたたみ、柿渋は近所の薬局に引っ越して細々と売られていた。近年、化学物質の使いすぎの反動で自然素材が見直されてきた。柿渋も「安全な素材」ということで建築雑誌で紹介されるようになった。あんなに苦労したのに今ではインターネットでも簡単に手に入る。絶滅するかと思われた柿渋の運命にも逆転があった訳だ。皮肉な話だが何が幸いするか判らない。

酒屋の工事から数年後、我が家の浴室を改装した。柿渋は「唐傘にも魚網にも塗る位だから、耐水性が向上する」と聞いたので、桧の縁甲板を壁に張って柿渋を塗った。柿の甘い匂いのせいか、その年の5月にはショウジョウバエが集まってきて家族には不評だった。自然素材が人間に都合良く行くとばかりは限らない。

下の写真は柿渋を塗った直後の杉板の様子。

なかなか乾かないので桟木を入れて積み重ねた所、塗り斑が出てしまった。この板は天井に張った。完成後5年経ち、塗り斑の跡も今ではもう判らない。