つかの間の休息

west2692009-08-05

建物を持ち上げると、当然のことながら基礎が残る。鉄筋コンクリートが普及する前の基礎はこのように石を使っていた。いわゆる玉石基礎だ。これを石場立てなどとも呼ぶ。伝統的な日本家屋はこうやって石の上に乗っかって建っているのが正しく、本来の姿なんだという主張もある。
これは簡単なようでいて、なかなか難しい話ではある。
それはともかく、柱を持ち上げるとこんな跡が残っていた。今日の一枚。石の中央部。この四角い所に創建以来100年以上ずっと柱が乗っかっていた訳だ。木の柱とはいえ、ぴたっとくっつかれていて息苦しくは無かっただろうか。
声が出せるなら「息が出来ないからいい加減にどいてくれ」とでも言いたいんじゃなかろうか。石とはいえ同情したくなる。再び柱が載れば、次の修理まで息苦しい思いをまた続けなければならないのだ。今はほんのつかの間の休息といった風情ではある。
下の写真は家の近くにある寺の境内。

今日は暑かったので、少し涼しげなものを選びました。この橋は現在渡ることは出来ない。昔は橋の両側にお祭りの出店が並び、大勢の人が頻繁に行き来していた。渡らない、観賞するだけの橋というのも妙なものではある。老朽化したので保護するためなのだろうか。それとも手摺が低いとか、床が斜めだとか、下に池があるとかいった不安要素を勘案した「安全」対策のためなのだろうか。