晴耕雨読

west2692010-07-25

今日はこんな本を読んだ。「中国=文化と思想」(林 語堂 著・鋤柄治郎 訳)。
中国人の人生に対する理想は人文主義なんだそうだ。「晴耕雨読」もそのひとつ。それに倣えば今日は庭仕事ということになる。庭は夏草で覆われつつあるけれど、陽射しが強いので外に出る気はしない。日影で「晴読」することにした。
昼頃になると空にはこんな入道雲が出ていた。今日の一枚。
雲はこの後、急速に発達して強烈な夕立になった。これで正しく「雨読」になる。こいつは涼しくなって幸いとばかり、エアコンを止め風を入れて、トコロテンを食べることにした。夕立を眺めるのは昔から好きなのだ。トコロテンの準備ができた頃、風向きが変わり、台所の窓に当たった横殴りの雨が浸入してきた。2年ほど前に屋根を直した。その後雨漏りは止ったが、窓から来るとは。
タオルやら雑巾やらで押さえつけたが止らない。窓枠を乗り越えて床に流れ込むのだった。結局こういうときは古典的対処法である洗面器が有効なのだ。
先ほどの本には鄭板橋という人の理想の家が描かれている。「盗賊が心配ですね」と指摘されたら「盗賊が貧民なら、中に入れてやり、欲しいものはくれてやるのだ」とあった。災難とも共存して生きるのが彼らの知恵ということか。それに比べれば少々の雨ぐらいというところまでは・・・やはり達観できないかも知れない。 
下の写真は夕立が去った後の入道雲

今日は非道い目にあったけどきれいな夕焼けだった。